名馬を愛した中国の皇帝

太 古の昔から、完ぺきな馬、万能の馬は、多くの人々にとっての憧れであった。速さ、スタミナ、美しさ、優れた血統。そうしたさまざまな要素を兼ね備えた馬が 求められた。数千年前、中国の辺境をしばしば襲った異民族がいる。匈奴だ。漢朝を興した高祖もまた、匈奴の侵略に苦しみ、しばしば匈奴が送り込む汗血馬の 兵団に屈した。高祖は、汗血馬のたくましさ、我慢強さ、並外れた美しさなどに敵ながら魅了された。以後、歴代皇帝たちは、汗血馬、すなわち「千里馬」のと りこになり、それを自らのものにしたいと切望するようになった。

漢朝最強の皇帝であった武帝も、100戦100勝の軍事力を備えるため に、汗血馬を手に入れたいと切に願った。伝説によると、汗血馬が走るときには首から血の汗が流れ、休むことなく非常に長い距離を走り続けるという。武帝 は、汗血馬が西域(現在の中央アジア)に存在すること知ると、調査のために張騫という将軍を派遣した。西域に留まること数年、張騫はこの地方の風土や風 俗、資源などについて深い知識を蓄え、いかにすれば西域の国を征服できるかを考えるようになった。張騫はまた、武帝の求める汗血馬が、現在の中国西北部に あった遊牧民族の国、大宛にいることを突き止めた。

武帝は大臣に命じて純金製の巨大な馬を鋳造させ、漢の都、長安から大宛まで軍隊に運ば せた。この純金の馬と引き換えに、汗血馬を譲ってほしいと申し入れたのである。しかし、要求は拒絶された。そこで武帝は、武力で汗血馬を奪い取ろうとし た。まず、大宛を含む西域全域を征服しようとしたが失敗。3年後、再び大宛を襲ったときには、折しも内乱が生じていたことから大宛はたやすく降伏した。そ こで武帝は、軍隊の中から2名の馬の専門家を選んで大宛に派遣し、漢に送る優秀な汗血馬を選別させた。彼らが漢に持ち帰った馬は、牡馬、牝馬合わせて 1000頭以上に上るという。以後、大宛は毎年、武帝に2頭ずつの最上級の汗血馬を献上している。

武帝は自らのために1匹の牡馬を選び、 「宝馬」と名付け、戦のときには必ずこれに乗って進軍した。宝馬に乗った武帝が挑んだ戦は勝利することが多かったので、いつの日か、この馬は「天馬」とも 呼ばれるようになった。あるとき、漢の汗血馬とモンゴルの馬とが対峙したことがあるが、汗血馬のあまりの勢いの強さにモンゴル馬は恐れをなし、戦わずして 退却した。汗血馬の優れた体格と強靭なスタミナは広く知れ渡った。武帝は、宝馬が死ぬまで一度も手離すことなく、その死に際しては、特別に黄金の廟をしつ らえて手厚く葬った。宝馬を失った武帝の悲しみは激しく、数ヵ月にもわたって病床に伏したほどであった。以後、武帝と「汗血馬」の伝説は数千年にわたって 語り継がれた。

数世紀もの間、皇帝たちは彼らの「宝馬」、「霊馬」、「天馬」、そして「汗血馬」を求め続けた。歴代王朝に仕えた将軍たち も、「霊馬」を手に入れれば天下を取れると考えていた。漢代の末期、呂布という将軍が1頭の駿馬を手に入れ、これを「赤兎」と名付けた。赤兎は汗血馬で あったと考えられている。呂布は三国時代、それぞれの国の君主が家臣として迎え入れようと争ったほど傑出した人物で、中国には「男の中の男は呂布、馬の中 の馬は赤兎」ということわざまである。一説によると、モンゴルのチンギス・ハンが戦で乗った馬も汗血馬だったといわれている。中国の歴代皇帝や中国人の祖 先たちは、つねに優駿に魅了され続けてきたのである。

現在、中国には5頭の汗血馬が存在する。そのうちの2頭はトルクメニスタンの大統領 から中国政府に贈られたもの。残りの3頭は2007年、中国政府が3000万元を支払ってトルクメニスタンから購入したものである。ちなみにトルクメニス タンは中央アジア南西部に位置する共和国だ。5頭の汗血馬のうち、1頭は北京、もう1頭は吉林省長春市におり、残りの3頭はプライベートで所有されてい る。現代中国の指導者たちも馬をこよなく愛した。毛沢東主席もその1人である。毛主席は愛馬に乗って中国革命の聖地とされる延安一帯を駆け巡り、蒋介石が 率いる国民党軍と何度もゲリラ戦を繰り広げている。

毛出席は馬で戦うことにこだわり、周恩来がジープに乗ることを勧めても固く拒んだ。あるとき、毛沢東の背後3キロのところに国民党の軍隊が迫った。

こ のとき、毛主席は洞窟に隠れて国民党軍をやり過ごし、愛馬を駆って無事、共産党の陣営に戻ることができた。当時、毛主席の愛馬はすでに22歳だった。優れ た馬は、年老いてもその力を遺憾なく発揮するのである。卓越した能力を持つ馬の伝説は数多く残されているが、この300年間、速さ、スタミナ、美しさなど のすべてを兼ね備えた完ぺきな馬が地上に現れることはなかった。その歴史を大きく塗り変えたのがシー ザ スターズである。彼こそは、長い間待ち望まれて登場した現代の汗血馬なのだ。中国の歴代皇帝が追い求め続けた汗血馬の化身は、今日の競馬の世界においても 数多くの伝説を残すことになった。

 




 
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